建設業における労働保険の二元適用事業とは

■労働保険とは

労働保険には労災保険と雇用保険の大きく2種類があります。
労災保険は就業中や通勤途上に事故に遭ったり、疾病を発症した場合や事故や疾病等に起因して障害を負ったり、死亡した際に補償が受けられる公的な保険です。
雇用保険は自主的に離職した場合やリストラされた場合に一定の要件のもとで、失業給付が受けられる公的な保険です。
育児・介護休業時の保障給付も、雇用保険から給付されます。
パートやアルバイトなどの短時間労働者も含め、労働者を1人でも雇用していれば、業種・規模のいかんを問わず労働保険の適用事業となります。
事業主は加入手続を行い、労働保険料を納付しなければなりません。
監督官庁である厚生労働省では平成17度から未手続事業一掃対策に取り組んできました。
各種事業主団体や個別事業主への訪問指導を強化し、労働保険の加入手続を取らない事業主に対しては、積極的な職権での加入手続を取っています。
労災保険はもちろん、雇用保険も労働者を1人でも雇っていれば、雇用保険の加入手続が必要です。
ただし、パートやアルバイトについては、1週間の所定労働時間が20時間以上で継続して31日以上の雇用が見込める場合に加入させることが義務づけられています。

■一元適用事業と二元適用事業

労災保険と雇用保険における労働保険の保険関係の適用をはじめ、保険料の申告や納付などの事務手続については、原則として一つにまとめて一括処理することが可能です。
一括処理ができる事業を行う場合、労働保険の一元適用事業と呼ばれます。
これに対して、労働保険を一つにまとめて処理することが難しい事業があり、その場合には労災保険と雇用保険の適用や保険料の申告・納付などの事務を、労災保険と雇用保険と分けてそれぞれ別に行わなくてはなりません。
別々に処理が求められる事業を二元適用事業と呼んでいます。
二元適用事業に該当するのは大きく5種類あります。
都道府県及び市町村の行う事業、都道府県に準ずるもの及び市町村に準ずるものの行う事業、六大港湾(東京港、横浜港、名古屋港、大阪港、神戸港、関門港)における港湾運送の事業、農林水産の事業、そして、建設の事業です。

■建設業における二元適用について

農林水産業を除き、一般的な事業では一元適用事業となるのに、なぜ、建設業は二元適用事業になるのでしょうか。
それは、建設業における長年続いてきた複雑な下請け関係という仕事のやり方に起因しています。
建設現場においては、ほかの業種に比べても労災事故の発生確率は高いと言わざるを得ません。
建設工事に関わる労働者が安全に働ける環境を整えるとともに、万が一の労災事故に備えて補償を備えるのは、下請け業者に仕事を発注し、現場を取り仕切る元請け業者の役割となります。
そのため、労災保険は元請け業者現場全体を一括してかけることになり、下請け業者は通常は自社の労働者に労災保険をかけません。
一方で失業等に係る雇用保険は元請け業者は自社の労働者に対して、下請け業者は自社の労働者に対して各事業者が個別にかけることが必要です。
一般的な事業では労災保険と雇用保険の両方をかけますが、建設業においては独特の風習により、労災保険と雇用保険をかける業者が異なるため、二元適用事業となっているのです。
もっぱら下請け業として労働者を現場に派遣している場合には雇用保険だけをかければ良く、労災保険は元請け業者にお任せできます。
これに対して建設業の下請け業者であっても、事務員や営業職員などがいる場合は、現場作業をしない労働者については元請け業者がかける現場の労災保険の適用が受けられません。
そのため、事務員や営業職員に関しては一元適用事業として、雇用保険に加えて、労災保険をかけなくてはならないため、注意が必要です。
労災というと建設現場での落下事故や鉄骨等が落ちてきて下敷きになる、現場での爆発や火災に巻き込まれるといった事故がイメージされますが、労災事故は事務職でも起こり得ます。
たとえば、業務中や通勤途上で事故や災害に巻き込まれたり、職場でうっかり転んで捻挫したり、オーバーワークで体調を崩したといったときも労災給付の対象となるためです。

■二元適用事業における手続きに関して

労働保険の適用事業となったときは、まず労働保険の保険関係成立届の提出が必要です。
そのうえで、その年度分の労働保険料を概算保険料として申告・納付しなければなりません。
概算保険料とは、保険関係が成立した日からその年度の末日までに労働者に支払う賃金の総額の見込額に保険料率を乗じて得た額です。
また、雇用保険の適用事業となった場合は雇用保険適用事業所設置届と雇用保険被保険者資格取得届の提出が求められます。
二元適用事業である建設業での具体的な手続きの流れは以下の通りです。
労災保険については保険関係成立届を、保険関係の成立した日の翌日から起算して10日以内に所轄の労働基準監督署に届け出ます。
概算保険料申告書は保険関係が成立した日の翌日から起算して50日以内に労働局、労働基準監督署又は金融機関へ申告、納付することが必要です。
雇用保険については保険関係成立届を保険関係が成立した日の翌日から起算して10日以内に所轄の公共職業安定所、いわゆるハローワークに提出します。
概算保険料申告書は所轄の都道府県労働局又は金融機関へ申告、納付が必要です。
雇用保険適用事業所設置届は労働者を雇用する事業を開始した日の翌日から起算して10日以内に事業所の所在地を管轄するハローワークへ提出します。
また、資格取得の事実があった日の翌月10日までに雇用保険被保険者資格取得届をハローワークへ提出しなくてはなりません。
この点、一元適用事業であれば、労災保険も雇用保険もまとめて労働基準監督署へ提出することができます。
これに対して二元適用事業は労災保険は労働基準監督署が窓口となり、雇用保険はハローワークが窓口となるため注意が必要です。
資格喪失や事業所の内容に変更があった際の手続きも、同様に窓口が2つに分かれることになります。
なお、成立手続を怠っており、成立手続を行うよう指導を受けたにもかかわらず成立手続を行わないと、行政庁の職権により成立手続と労働保険料の認定決定が行われ、遡って労働保険料と追徴金が徴収されるので手続きはきちんと行いましょう。
また、事業主が故意又は重大な過失により労災保険に係る保険関係成立届を提出していない間に労災が生じて労災給付を行った場合には、労働保険料と追徴金の徴収に加えて、労災保険給付に要した費用の全部又は一部も徴収されてしまいます。

■建設業における保険料計算の3つのパターン

二元適用事業である建設業では3つのパターンに分けて、労働保険の保険料を計算することが必要です。
最初に提出する概算保険料の計算についても、3つに場合分けして行うことが求められます。
第一として、元請け業者における建設工事現場の労災保険については工事現場の労働者の賃金総額をもとに保険料を計算するのが基本です。
第二として、元請け業者や下請け業者の本店、支店、事務所などの労災保険については、建設工事現場の労働者を除いた賃金総額をもとに保険料を計算しなくてはなりません。
第三として雇用保険の保険料は、会社全体の雇用保険対象者の賃金総額をもとに計算されることになります。
特に建設工事現場における労働者の労災保険料は、元請け事業者がまとめて労災保険料を負担することになっているため、ほかの一元事業とは異なる特性があります。
ただし、建設工事現場に複数の企業が関与しており、賃金総額を正しく把握することが難しい場合には、元請け業者としてその年度中に終了した工事の請負金額に労務費率をかけて賃金総額を求める例外が認められています。